義父の視線
夜の静寂が寝室を包み、友里は天井を見つめながら浅い眠りを繰り返していた。隣では、夫の秀樹が静かな寝息を立てている。かつてはその寝息を愛おしく感じたが、今はただ遠く、別の世界の音のように聞こえる。
(また今日も、抱かれなかった……)
結婚当初の熱はもうない。互いの身体を求め合ったあの夜々は、いつしか惰性の儀式に変わった。秀樹は帰宅してもスマホを片手にベッドへ倒れ込み、短い言葉を交わしたあとは、機械的に友里の上に覆いかぶさるだけだった。
「で!出るっ!」
その一言のあと、温かな精液が乳房の上に撒き散らされた。白濁が肌を滑り、乳輪を濡らしながら滴り落ちていく。友里はわずかに身を震わせるが、それは快楽ではなく、虚しさに似た反応だった。夫の満足げな吐息が響くたびに、心の奥で孤独が沈んでいく。
(私……ただの器なんだわ)
やがて眠れぬまま、友里はそっとベッドを抜け出した。ガウンを羽織り、裸足で台所へと向かう。冷えた床の感触が、妙に現実的だった。湯を沸かし、インスタントスープの粉末をカップに落とすと、ふわりと湯気が立ちのぼる。その香りは、人肌のぬくもりを思わせ、胸の奥をくすぐった。
マグカップを両手で包み込む。掌に伝わる熱が、失われた何かを取り戻すようで、思わず瞼を閉じた。
そのとき、廊下の奥から足音が近づいてきた。規則正しく、落ち着いた音。胸がどくんと鳴る。現れたのは義父の一夫だった。
「こんな遅くにどうしたんだい?」
穏やかで低い声。その響きに友里の胸がざわついた。微笑みを装って答える。
「眠れなくて……」
「うむ。そんな夜もあるものだ。」
その落ち着いた声は、まるで長年忘れていた優しさを思い出させるようだった。友里はもう一杯スープを作り、差し出した。
「お義父さんも、どうぞ。」
二人は並んでカウンターに腰を下ろした。湯気の向こうで視線が交わる。照明が二人の手を淡く照らし、マグを持つ指先の影が重なる。時計の秒針だけが静かに進む音。スープを啜る音が夜の静けさに溶けていく。
「……あったかいね。」
「ええ……なんだか、落ち着きます。」
友里の声は小さく震えていた。心の奥に沈んでいた何かが、ゆっくりと浮かび上がる。彼の穏やかな眼差しが、冷えた身体にじんわりと染み込んでいく。
(こんな夜……悪くない)
やがて、マグを置く音が合図のように響いた。二人は何も言わずに立ち上がり、それぞれの部屋へ戻る。だが布団に潜った友里の胸の奥では、あの湯気の向こうに見た影が、いつまでも消えずに揺れていた。